【2004-1】携帯電話の電波による脳の血液脳関門の機能への影響の調査

研究目的

国際的な電波の防護基準である国際非電離放射線防護委員会(International Commission on Non-Ionizing Radiation Protection;ICNIRP)のガイドライン、ならびに日本の電波法で定める電波防護指針値以下の微弱な電波により、脳の血液脳関門(Blood-Brain Barrier;以下BBB)の機能に影響を及ぼすという研究結果が報告されました[1]。この報告により、携帯電話の電波が脳に影響を及ぼすかも知れないとの懸念が高まりました。

そのため世界保健機関(WHO)の国際電磁界プロジェクトの研究調整委員会では、この研究報告の信頼性を再現実験により検討することを最優先課題の一つに位置づけ、アメリカ、フランス、日本の3カ国が共同で再現実験を実施することになりました。

本研究はこの共同実験の枠組みに基づいたもので、血液脳関門機能への電波の及ぼす影響について再現実験により検討しました。

研究内容

再現実験は先行報告の動物実験で用いられた、電波ばく露装置の機能を検討する工学的検討、ならびに先行報告の電波ばく露装置を用いた動物実験の実施による生物学的検討の2側面から行いました。

工学的検討:電波の生体影響を正しく評価するためには、動物実験で用いられた電波のばく露装置内における電界、磁界、熱量、温度などの条件の正確な把握が必要です(電磁界ドシメトリと呼ばれています)。そこで先行報告で用いられた電波ばく露装置(TEM-cell)の、評価装置としての機能について、電波ばく露装置内の電界強度分布の数値計算、実測により検討するとともに、実験マウスに吸収された電波の量(SAR)を検討し、ばく露装置としての性能を評価しました。

生物学的検討:先行実験で用いられたTEM-cell装置ならびに他のばく露装置を用い、電波のばく露による血液脳関門透過性および神経細胞死の亢進の有無を検討しました。

研究結果

TEM-cell装置は内部電界強度が不均一であり、電波ばく露量の評価の信憑性に疑いがあることがわかりました。また電波ばく露後のラット脳を検討しましたが、電波ばく露14日後および50日後のラット脳においてアルブミンの血管外漏出および変性した神経細胞の増加は認められませんでした。

以上のことから、今回の再現実験においては電波防護指針値以下の微弱な電波による血液脳関門への影響は認められませんでした。

[1] Salford et.al, Environmental Health Perspective III:881-883,2003

本研究から派生した論文

Masuda H, Ushiyama A, Takahashi M, Wang J, Fujiwara O, Hikage T, Nojima T, Fujita K, Kudo M, Ohkubo C. Effects of 915 MHz electromagnetic-field radiation in TEM cell on the blood-brain barrier and neurons in the rat brain. Radiat Res. 2009 Jul;172(1):66-73. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19580508